2020/10/28 22:01
▼ against her × 小説家「カタヤマハイジ 」
カタヤマハイジは、誰もが知っている某文芸誌に連載を持ったこともある実力派の若手小説家である。
...ということしか、諸事情により、ここには書くことができない。
そういう条件ならばと、今回のコラボを引き受けていただいた。
性別が男性なのか、女性なのか、はたまたそのどちらでもないのかも、ここには明記できない。
もちろん顔出しもできない。(掲載写真は別人のモデル様です。)
カタヤマとのコラボで、カタヤマのことを一切紹介できないのは心苦しくもあるが、
「ほら、でも、文章ならここにあるでしょう」
と、切り返してくるような人、それがカタヤマである。
▼ 表現に邪魔なものは、たとえ自分自身でも消え去る
私がカタヤマについて知っていることの中で、勝手ながらここに書いても怒られなさそうなことといえば
下品で、愉快で、泥臭く、上記の通り、表現に愚直な人間であるということだけだ。
文章を書くということ、また逆に書かないということ。
誰かを愛すること、また逆に憎むということ。
美しくあること、また逆に醜くあるということ。
いかなるシーンに身をおいても、カタヤマは愚直なまでにまっすぐ表現する。
時にこちらが恥ずかしくなってしまうような一文を何食わぬ顔で書いてのける。
そういう一文にこそ、カタヤマらしさを私は感じる。
人が奥底に隠している感情や秘密を、無表情でさらけ出させて、図星を誘うような表現。
若く、まだ磨かれていないような表現だ。
しかし、磨かれればきっとその魅力は鈍くなってしまうのだと感じる。
カタヤマの文章とは、そういう文章だ。
Tシャツにそのまま短編小説を落とし込んだ今回のコラボデザインは
そのタイトルを「かみさまとわたし」とし、
表題通り、「かみさま」と「わたし」などが登場する、カタヤマの私小説ともとれる作品となっている。
(「かみさま」や「かのじょ」がカタヤマなのかは定かではないが。)
そういったあらゆる可能性を読み手に残してくれる作品作り。
今回の情報を一切出さないというこだわりにも
カタヤマの愚直さが滲み出ているのだ。
ぜひ、そんな愚直な表現がそのまま落とし込まれた今回のコラボT、ご検討くださいませ。